-黒田福美エッセイ- 美食浪漫

第22回 連載 【美食浪漫】 わかめスープ 子から母への感謝と子を授かる母の喜びと

誕生日の欠かせないメニューのひとつ

韓国料理の「ワカメスープ」は、日本の焼き肉屋さんでビビンバを注文したときにもセットで出てくるほどお馴染みでしょう。
ワカメはヨードやカルシウムなどのミネラルを多く含み、身体にとてもよいことはご存じのとおり。太古の昔から海藻を多く食してきた私たち日本人は、欧米人とは違って、海藻の栄養分をことさら吸収しやすい肉体のメカニズムを得ているそうで、それならなおのこと、海藻を食する恩恵にあずかりたいものです。

美食浪漫 写真 もちろん韓国でもワカメスープは、家庭料理として一般的なメニューのひとつです。そんなありふれたメニューが主役となる日が誕生日。韓国では、誕生日に必ずワカメスープを食べる習慣があるのです。自分を産んでくれたお母さんに対して、お産のときの労苦をねぎらい、感謝の気持ちを改めて感じながらいただく。それがワカメスープというわけです。
ワカメスープは女性にとって、血液の循環をよくし、血の道を整える食材として産前産後には欠かせないメニューでした。子供を身ごもると、お姑さんから毎日毎日たくさんのワカメスープを飲まされたというお嫁さんの話をよく耳にします。

女性の身体を気づかう汗蒸幕とともに

韓国には、朝鮮・李朝の第4代王である世宗(セジョン)大王が世に広めたという汗蒸幕(ハンジュンマク)という蒸し風呂があります。ある日、炭焼き小屋を通りかかった王は、炭焼きの作業を終えて空っぽの窯のなかで身体を温めている夫婦を目にします。その様子を見ていて、窯で身体を温めることの効能に気づいたのが始まりです。以来、韓国の伝統的な入浴方法として親しまれてきました。

汗蒸幕とは、まず遠赤外線効果のある石をドーム状に積み上げ、そのなかで松の木を組み上げて燃やし、石を焼きしめます。そして燃えがらを取り除いて地面に打ち水をし、湿度を調節してなかに入るというもの。遠赤外線の効果で身体の芯から温まるため、驚くほど大量の汗が吹き出します。最近では施設の安全性などを考慮して、松の木を焚くところは少なく、ソウルあたりはほとんどが電気で温めるようになっています。
汗蒸幕は観光客にもたいへん人気で、近年は少々様変わりしています。最近では男性用の汗蒸幕などもありますが、本来は女性専用の健康施設だったのです。

儒教が国教に定められた朝鮮時代、女性のもっとも重要な仕事は家門を守るため、男子を産むことでした。そのために女性は常に健康に気を配り、特に身体を冷やさないよう注意したのです。
前回の「参鶏湯」の紹介でも少し触れましたが、夏のもっとも暑い「三伏」といわれる時期になると女性たちはこぞってこの汗蒸幕にやって来て、身体を温め、帰宅のときにはたくさんの下着や靴下を着込んで熱を逃さないようにしていました。そればかりか、せっかく温めた熱が逃げてしまわないように、出入り口の取っ手に触れることさえ嫌ったというほど。さらに、その後3日間は水仕事も避けたといいます。
子供を、ことに家の跡継ぎになる男子を授からねばならないということが当時の女性たちにどれほどのプレッシャーを与えていたのか。それを物語るエピソードです。

汗蒸幕は、日本の銭湯と違って日がな一日ゆっくりと過ごす施設です。汗蒸幕はお風呂というより、女性の美容と健康を維持管理するさまざまな施術が揃っていて、まさに昔のエステティックサロンでした。ここで時間をかけて身体を整えるわけですが、その間には食事もしなければなりません。汗蒸幕にはどこでも施設内に食堂があります。
そしてそこに必ずあるのが、ワカメスープ定食なのです。ワカメスープをメインに、イシモチの干物やナムル、キムチなどがセットになった美容食の御膳です。

女性の友人から面白い話を聞きました。
彼女の出産の折りには、お姑さんに1日になんと7回ワカメスープを飲まされたというのです。ちなみにお産をした後、繊維が多くぬるぬるしたワカメのお陰でお通じがとても楽だったそうです。
昔の習慣には、先人の知恵がたくさん活かされていることを改めて知ることができます。

次回更新は8月16日を予定しております。

筆者プロフィール

黒田 福美 (くろだ ふくみ) 女優・エッセイスト
 東京都出身。 映画・テレビドラマなどで俳優として活躍する一方、芸能界きっての韓国通として知られる。テレビコメンテーターや日韓関連のイベントにも数多く出演、講演活動なども活発におこなっている。韓国観光名誉広報大使、日韓交流おまつり2009InTokyo実行委員も務め、著書に『ソウルマイハート』『ソウルの達人 最新版』(講談社)などがある。韓国地方の魅力を紹介したDVD『Ryu・黒田福美が行く韓国四季の旅』も好評発売中。09年は『ビバリーヒルズチワワ(吹き替え)』(Disney)、『ゼロの焦点』(東宝)に出演。
黒田福美ブログ http://ameblo.jp/kuroda-fukumi/
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