-黒田福美エッセイ- 美食浪漫

第20回 連載 【美食浪漫】 チャメ 名前も可愛い夏のくだもの

チャメとは美しい名の町が産地のマクワウリ

慶尚北道(キョンサンプクド)に星州(ソンジュ)という町があります。
ここ数年韓国各地を一人旅で巡っている私は、次はどこに行こうかと韓国の地図を広げるたび、星州という美しい地名に心惹かれていました。いったいどれほど美しければ、このような浪漫(ろまん)あふれる地名がつくのだろうかと……。
けれど地図上で見る限り、何もなさそうな山間部。気にはなっていながら、なかなかそこへ行く理由を見つけられずにいました。それでも、地方都市などめぼしい地域やお寺など由緒ある名所をあらかた訪れてしまうと、やはりこの美しい名を持つ街へ行ってみたいという思いは募るばかり。
そしてある秋の日、私はとうとう思い切って星州に出かけたのでした。

美食浪漫 写真 調べてみると星州は、「チャメ」()の産地であることがわかりました。チャメとはマクワウリのことで、その70%が星州で収穫されているのだそうです。

もしかしたら、マクワウリと聞いても今の日本の多くの方はピンとこないかもしれません。漢字で書くと「真桑瓜」。岐阜県南部の真桑村が産地だったことから、こう呼ばれるようになった瓜のことです。
日本では、弥生時代の遺跡からこの瓜の種が出土しています。また万葉集にある山上憶良の一首にもこの瓜が登場します。
「瓜食(うりは)めば 子ども思ほゆ 栗食(は)めば まして偲(しぬ)はゆ 何処(いづく)より来りしものを 眼交(まかなひ)に もとな懸(かかり)て 安眠(やすい)し寝(な)さぬ」
つまり、マクワウリは日本では太古の昔から食されていたのです。

夏に登場する韓国人が最も愛するくだもの

しかしながら50年ほど前に、このマクワウリは日本から忽然と姿を消してしまいます。
それは新しいメロンの登場がきっかけでした。ある種苗会社の創業者がパリでマスクメロンに出合い、その美味しさにすっかり心を奪われました。そして「日本でもこのような味のメロンをつくりたい」と決意し、試行錯誤を重ねます。その結果、マスクメロンとマクワウリとの交配による新種のメロンの開発に成功するのです。開発当時は、今上天皇(当時は皇太子)と美智子さまのご成婚(1959年)ブーム。それにちなんで「プリンスメロン」と命名されました。
プリンスメロンの濃厚な甘さはやがてマクワウリを駆逐し、ついには日本でマクワウリが果物屋の店頭から姿を消してしまうのです。

美食浪漫 写真 そんなマクワウリも、韓国では夏の風物詩ともいえる食べもの。黄色く愛きょうのある形、ほのかな甘い香り、そしてさくさくとした歯ざわり。韓国人が最も愛する夏のくだものではないでしょうか。日本ではすっかり見ることのなくなったマクワウリを初めて韓国で見たとき、どんなに嬉しかったかわかりません。韓国人にとってなくてはならないこのチャメが、なぜ日本でみかけることがないのか、日本にやって来た韓国人は皆、不思議に思っているはずです。
一方で、韓国ではプリンスメロンが売られていないのも不思議です。こんなに近いのですから、日本から韓国へ渡ってもよさそうなのに、韓国では一度も見かけたことがありません。プリンスメロンの味わいがあまり好まれないせいなのか、それともチャメが絶大な人気を博しているせいなのか……。

最近、日本で韓国の食材を売っている店先などで、よくこのチャメを見かけます。そして箱には必ず産地名として「星州」と記されています。
私が星州へ行ったのは初秋のこと。チャメの収穫はすっかり終わって畑に実る可愛らしい姿を見ることはできませんでした。
今頃の星州はきっと緑の畑に黄色いチャメが、それこそ星が落ちてきたようにたくさん実っていることでしょう。
いつかまたそんな光景を見に、出かけてみたいものだと思っています。

次回更新は7月16日を予定しております。

筆者プロフィール

黒田 福美 (くろだ ふくみ) 女優・エッセイスト
 東京都出身。 映画・テレビドラマなどで俳優として活躍する一方、芸能界きっての韓国通として知られる。テレビコメンテーターや日韓関連のイベントにも数多く出演、講演活動なども活発におこなっている。韓国観光名誉広報大使、日韓交流おまつり2009InTokyo実行委員も務め、著書に『ソウルマイハート』『ソウルの達人 最新版』(講談社)などがある。韓国地方の魅力を紹介したDVD『Ryu・黒田福美が行く韓国四季の旅』も好評発売中。09年は『ビバリーヒルズチワワ(吹き替え)』(Disney)、『ゼロの焦点』(東宝)に出演。
黒田福美ブログ http://ameblo.jp/kuroda-fukumi/
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