
韓国の南海岸に河東(ハドン)という街があります。釜山(プサン)から西に車で2時間ほどで、蟾津江(ソムジンガン)の河口にある街です。
淡水と海水が入り交じるこのあたりは、シジミの産地としてとても有名です。韓国人なら「河東」と聞けば誰でもが白濁した「シジミスープ」(チェチョプクック)を思い浮かべることでしょう。
韓国では飲み過ぎた翌日、「ヘジャンクク」というスープが好んで飲まれます。ヘジャンは漢字にすると解腸湯と書き、胃腸の調子を整えるスープという意味です。お酒に疲れた胃腸をいたわるには、あっさりとしたスープ料理が一番。そのひとつが、シジミスープなのです。
河東を旅したとき、食堂の看板に不思議なものを見つけました。
なんと「チェチョプフェ()」とあるではありませんか。チェチョプ(
)とはシジミ、フェ(
)は「膾」という漢字を当てるのですが、いわゆるお刺身のことです。
でも、あの小さいシジミをどうやってお刺身にするというのでしょうか。
その刺身の一切れの大きさはいったいどれくらいなのでしょう?
一皿に何切れくらい出てくるのでしょうか?
どんな風に盛りつけられているのでしょう?
お皿といってもどれくらいの大きさでしょう。もしかしたら、お皿も爪くらいの大きさしかないかもしれません……。
私の頭の中には顕微鏡でなければ見えないような、超小型のお刺身盛り合わせの図がすっかりできあがっていました。ぜひとも自分の目で確かめてみなければなりません。
さっそく、シジミスープとシジミのフェを頼むことにしました。
このフェは意外に高価で、「小さいのに、高いんだ」と思ったものです。

まずはニラを散らしたシジミスープがきました。あっさりとした塩味ですが、白濁していてコクがあり、白いご飯が食べたくなるような美味しさでした。
そしていよいよシジミのお刺身が運ばれてきました。お皿はどうやら普通の大きさ。ですが、そこに盛られたものを見て驚きました。あの小さなシジミの身を茹でて一つずつ殻からはずし、むき身にしたものがたっぷり盛られていたのです。なんと気の遠くなるような作業でしょうか。少々値の張るのもうなずけます。
シジミはキュウリやニンジン、エゴマの葉とともに甘辛い唐辛子味噌であえてあり、ニンニクや唐辛子と一緒にサンチュで巻いて食べるのです。
フェ(
)は刺身と訳しがちですが、本来「
」は韓国の生魚の食べ方を表しいて、日本のお刺身と違って甘辛いタレであえて下味をつけたものを指します。シジミのように軽く湯引きをする場合もありました。ちなみにお肉の場合は、ユッケ(
)となります。流通のよくなかった時代、生ものはこのようにして食したわけです。
最近になって生魚を切っただけの日本式のお刺身が一般的になると、日本式の食べ方は「サシミ」()という言い方で、下味のついた韓式のフェとは区別されるようになりました。
ソウルの鷺梁津(ノリャンジン)水産市場や釜山のチャガルチ市場では、水揚げされたばかりの魚を自分で選び、さばいてもらってその場でお刺身が食べられるようになっていますが、市場の人たちもサシミという表現を使います。
ところでシジミのフェの味ですが、日本人の私にはどうも薬味ダレの味が勝ってしまってあまり印象がないというのが正直のところです。
機会があればもう一度じっくりシジミのフェを味わいに河東に行きたい、といつも思っています。
筆者プロフィール
- 黒田 福美 (くろだ ふくみ) 女優・エッセイスト
- 東京都出身。 映画・テレビドラマなどで俳優として活躍する一方、芸能界きっての韓国通として知られる。テレビコメンテーターや日韓関連のイベントにも数多く出演、講演活動なども活発におこなっている。韓国観光名誉広報大使、日韓交流おまつり2009InTokyo実行委員も務め、著書に『ソウルマイハート』『ソウルの達人 最新版』(講談社)などがある。韓国地方の魅力を紹介したDVD『Ryu・黒田福美が行く韓国四季の旅』も好評発売中。09年は『ビバリーヒルズチワワ(吹き替え)』(Disney)、『ゼロの焦点』(東宝)に出演。
- 黒田福美ブログ http://ameblo.jp/kuroda-fukumi/