-黒田福美エッセイ- 美食浪漫

第8回連載 【美食浪漫】 カムジャタン 冬といえば「カムジャタン」!

旧暦に新年とともにご先祖を供養するのが韓国流お正月です。

新年おめでとうございます。
本年も皆さまにとって躍進の1年になることをお祈りいたします。

ところで韓国では、年はあらたまっても、お正月はまだ先の話になります。というのも韓国では旧暦で新年を祝いますので、お正月は新暦でいうと2月14日になるからです。
日本でいう三が日は、わずかに元日だけが休日になるばかり。12月31日も、1月2日も、いつもの日常となんら変わりがありません。

1980年代の後半、新暦のお正月を導入しようという動きがありました。しかし、それは実現しませんでした。新暦の1月1日前後を公休日にしてみたところで、結局人びとは旧正月に故郷へ帰り、家族とともに過ごすという習慣を覆すことがなかったからです。

これはお正月が単なる年が新たまる節目であるばかりでなく、「茶礼(チャレ)」といって祖先を祀り、供養する日であるという意味合いをもつからだと思います。お正月は単に新年を祝うとともに、祖先を祀る法事のようなものでもあり、人の命や魂に関わることはやはり旧暦で考えたいという精神性が韓国人のなかに根強くあるのだと思います。

豚の濃厚なスープにほくほくのジャガイモは寒い季節に心まで温かくしてくれます。

美食浪漫 写真 韓国の冬は、大陸性気候であるせいか日本に比べると一段と気温も低く、寒いときには零下10度を軽く下回ることがあります。ソウルを流れる大河、漢江(ハンガン)も凍ってしまいます。

そんな寒いソウルで忘れられない食べものといえば、なんといっても「カムジャタン」です。豚の背骨を唐辛子やニンニク、エゴマなどの薬味とともにぐつぐつと煮込み、そこにゆでたジャガイモ(カムジャ)を加えるというダイナミックな料理です。
今ではカムジャタンの専門店も多くなり、安くてボリュームのあるインパクトの強い味は焼酎によく合い、学生やビジネスマンに人気のメニューです。

韓国でも、卓上のコンロで鍋をつつくという形式が一般的になりました。ところが、私が初めてカムジャタンに出合ったのは、80年代の終わり頃のこと。寒い冬の市場のお世辞にもきれいとはいえない大衆食堂の店先でした。
ガラスの引き戸の前にドラム缶で作ったコンロが2つ置いてあり、それぞれに大きな鍋がかかってなにやらぐつぐつと煮えたぎっていたのです。そしてお店の人がなかから出てきて、その大鍋のふたを取るやいなや、氷点下の外気に触れて鍋から真っ白い湯気がもうもうとたちのぼりました。その光景はいかにも温かそうで、韓国人の活気が逆巻いているように感じられたのです。

私はその様子に惹きつけられるように店に入りました。コンクリートの土間に細長い木製のテーブル。そんな粗末な店内に、さきほどの大鍋から盛られた湯気のたちのぼるカムジャタンをつまみに、小ぶりのグラスで真露(ジンロ)をあおっているおじさんが一人。
「なんて、カッコイイのでしょう! 私たちも真似をしましょう」
そう言って、大陸の寒さを噛みしめながら熱くて辛いカムジャタンに舌鼓をうったのでした。

豚の背骨から出た濃厚なスープに、ほくほくのジャガイモが絡むとなんともいえない美味しさです。豚の太い骨にまとわりつく肉にしゃぶりつき、エゴマの香りの強いスープをすすりながら焼酎を一口含むと、自分のなかの野生が蘇るような気持ちになります。

以来、冬といえばカムジャタン。これが私の定番になったのです。

次回更新は1月15日を予定しております。

筆者プロフィール

黒田 福美 (くろだ ふくみ) 女優・エッセイスト
 東京都出身。 映画・テレビドラマなどで俳優として活躍する一方、芸能界きっての韓国通として知られる。テレビコメンテーターや日韓関連のイベントにも数多く出演、講演活動なども活発におこなっている。韓国観光名誉広報大使、日韓交流おまつり2009InTokyo実行委員も務め、著書に『ソウルマイハート』『ソウルの達人 最新版』(講談社)などがある。韓国地方の魅力を紹介したDVD『Ryu・黒田福美が行く韓国四季の旅』も好評発売中。09年は『ビバリーヒルズチワワ(吹き替え)』(Disney)、『ゼロの焦点』(東宝)に出演。
黒田福美ブログ http://ameblo.jp/kuroda-fukumi/
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