-黒田福美エッセイ- 美食浪漫

第2回連載 【美食浪漫】 キムチ第一話 韓国といえば何はさておき「キムチ」です。

キムチは野菜が不足する冬に備え、食材の豊富な時に保存食として貯えた先人の知恵なのです。

残念ながら日本ではキムチというと白菜・大根・キュウリのキムチ以外余り知られていません。
ですがキムチは野菜の数だけあり、300種類にものぼると言われています。
キムチの語源は「沈菜(チムチェ)」からきています。
「沈菜」の文字からは、塩漬けにした野菜が自らの水分を出し切って樽の底に沈んでいる様子が感じられますよね。まさに野菜を塩漬けにした「保存食」がキムチなのです。

一般的なキムチとしては、白菜キムチや大根キムチの他に、ネギキムチ・ニラキムチ・カラシナキムチ・トンチミ(日本では水キムチの名称でその漬け汁を楽しむ大根の丸漬けキムチ)などがあります。また、変わったところでは鱈やイカのお腹に白菜キムチを詰め込んだキムチ、人参やタケノコのキムチだってあるのです。
そう、キムチとはまさに野菜が不足する冬に備え、食材の豊富な時に保存食として貯えた先人の知恵なのです。

韓国は大陸性の気候ですから冬の寒さは大地も凍る厳しさです。ですから本格的な寒さが到来する直前、12月の中頃になると家庭の主婦達は冬のあいだに食べる野菜を幾種類も「キムチ」として漬け込むのに大忙しなのです。
このシーズンを「キムジャン」と言います。
12月になるとキムチ漬けに適した時期を知らせる、まるで「桜前線」のような「キムチ前線」なるものが新聞に毎日掲載されたりするのです。

白菜の味付けに使われる唐辛子や香味野菜の配合は、家庭ごとに姑から嫁、母から娘へと代々伝えられるのです。

昔はどこの家でも漬けたキムチですが、最近ではソウルなどの都市部ではキムチを漬けるというお宅はめっきり少なくなりました。そもそも高層マンションに住まうことが一般的になった都市生活では、大量のキムチを漬けて保存しておく場所さえありません。

都会ではせいぜい年配のお母さんが少しずつキムチを漬けて、子供達に届けてあげるくらいでしょうか。
それでも地方にいけばまだまだキムジャンの風習は残っています。
各家庭が一冬食べるだけの野菜を一度に漬け込むのです。しかもキムチを漬ける行程というのは幾つもあって一気呵成にやってしまうにはその家の主婦一人ではとても無理です。大家になると白菜だけでも一冬に100株以上漬けるのですから大変です。(一人分の目安が20株と考えたそうです)
そんな訳ですから、このシーズンにはご近所の主婦達が助け合い、今日は金さんの家、明日はお隣の李さんの家と集まっては、手際よく一軒一軒のキムチ漬けを手伝ってゆくのです。

美食浪漫 写真 キムジャンの写真などを見ていると、主婦達が井戸端会議でもしているように、たらいを囲んで作業をしている様はとても和やかに見えました。けれど、私もかつて取材で本格的な家庭のキムチ漬けを体験したことがありますが、実際にやってみるとそれは大変な間違いだとわかりました。

その時漬けたキムチは60株ほど。土間に座りっぱなしの仕事は想像以上の重労働です。
まさか、白菜の葉っぱを一枚一枚はぐって、白いところが残らないように根本までしっかり「薬念(ヤンニョム:白菜に挟む込む薬味)」を挟まねばならないとは知りませんでした。あまりの面倒臭さと、かがんだままの姿勢に、10分と経たないうちに嫌気がさし、腰が痛んで音を上げました。おまけに唐辛子たっぷりの薬念が素肌に触れると痒くなってもう大変。私一人パニックなのに、お母さん達はみんなびくともしないのです。まったく頭が下がりました。

興味深かったのは、物理的な作業は手伝っても、薬念と言われる白菜の味付けに使われる唐辛子や香味野菜の配合には、決して他家の人は手を出さないことです。
こうして各家庭のキムチの味は、姑から嫁、母から娘へと代々伝えられるのだと知りました。
「やっぱり家のお母さんのキムチが一番!」
韓国人はみんながみんなそう言いますが、「お母さんの味」はこんな風にして守られているのだと知りました。

次回更新は10月1日を予定しております。

筆者プロフィール

黒田 福美 (くろだ ふくみ) 女優・エッセイスト
 東京都出身。 映画・テレビドラマなどで俳優として活躍する一方、芸能界きっての韓国通として知られる。テレビコメンテーターや日韓関連のイベントにも数多く出演、講演活動なども活発におこなっている。韓国観光名誉広報大使、日韓交流おまつり2009InTokyo実行委員も務め、著書に『ソウルマイハート』『ソウルの達人 最新版』(講談社)などがある。韓国地方の魅力を紹介したDVD『Ryu・黒田福美が行く韓国四季の旅』も好評発売中。09年は『ビバリーヒルズチワワ(吹き替え)』(Disney)、『ゼロの焦点』(東宝)に出演。
黒田福美ブログ http://ameblo.jp/kuroda-fukumi/
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