-黒田福美エッセイ- 美食浪漫

第18回 連載 【美食浪漫】 はたして「カモメ」のお味は?

下町風情漂う横町で味わった初めてのカルメギサル

今回は「カルメギサル」というお肉のお話です。
カルメギ()とは海鳥の「カモメ」のことで、サル(?)とは「肉」という意味。
もしや、韓国人はカモメのお肉を食べる? さて、どうでしょう。

私が初めてカルメギサルを食べたのは、ソウル中心部のとあるホテルの横町でした。1990年代初頭のことだったと思います。このあたりには昔ながらの市場や町並みが残り、仕事帰りのビジネスマンが安いお肉を肴に焼酎を飲んで憂さを晴らすお店も多く、親しみやすい下町の雰囲気がありました。
横町を入ると、1軒のお店が目にとまりました。ガタピシするガラスのはまった引き戸に青い文字で、「(カルメギサル)」と書いてあります。戸を開けると、粗末なテーブルをおじさんたちが囲んでいて、店内にはお肉を焼くもうもうたる煙と脂が舞っていました。

美食浪漫 写真 「カルメギサルって、カモメのお肉なの?」と話しながら、私たちはおそるおそるお店に入り、食べてみることにしました。
ところが、実はこれ、豚肉だったのです。
まるでサイコロステーキのように、一口大にカットされた肉を塩だけで焼いて食べるのですが、その硬いことといったら!
しかし、脂気のない肉は噛めば噛むほど味わいがあり、私たちも力を込めて肉を噛みしめながら焼酎を飲んで楽しみました。日本ではお目にかかれない、韓国という国のエネルギーと活気が肉を噛みしめる力のなかに感じられるようで、私はそんなカルメギサルが好きだったのです。

そもそも韓国人は、何でも噛(か)みごたえのあるものを好みます。韓国語には「噛み味」()という言葉があるほどで、噛むほどに味がしみ出てくる、そんな食材を韓国人は愛するのです。スルメイカなどは、その代表例でしょう。
とはいえ、今から考えると、当時のあの硬いカルメギサルは冷凍ものだったのだと思います。

淡泊でやわらかくジューシーな味に再び感激

私が「正しいカルメギサル」を食べたのは、豚肉が美味しい済州島でした。
前回ご紹介した黒豚を食べたお店で、聞いてみたのです。
「カルメギサルというお肉は、豚のどこの部位で、なぜそう呼ぶのでしょうか」
すると、女主人はおおらかに笑いながら奥から大皿に盛った肉片を持ってきて、私の前に置きました。
「こんな形をしているから、カモメ肉というんですよ」
その肉片は、脂身のない見事な赤身肉でした。40cmくらいの長さで、ちょうどカモメが翼を広げたように、弧を描いたお肉が2つ連なったような形をしています。豚の内臓を取り出すと横隔膜と肝臓の間にこんな形をした部位があり、それがカモメの形をしているのでそう呼ぶようになった、というのです。

それまでは冷凍の、焼くと硬くて赤黒くなるものしか食べたことがありませんでした。それはそれで美味しかったのですが、やはり新鮮な生のカルメギサルは絶品でした。豚とは思えないほど、臭みなどまるでない淡泊な味わい。肉汁がしみ出すやわらかい食感。一頭の豚からほんの少ししかとれないとのこと、こんな贅沢なお肉があるだろうかと思いました。

そんな新鮮な生のカルメギサルは、豚肉の名産地、済州島だからこそ味わえるのだと思っていました。ところが先日、これに匹敵するカルメギサルのお店をソウル市内で見つけたのです。放送局や証券会社が密集するオフィス街、汝矣島(ヨイド)にあり、店名はまさに「カルメギサル」。毎日光州から取り寄せているというお肉は、済州島で食べたものに勝るとも劣らないジューシーさで私を感激させてくれました。

友人たちに宣伝すると「ぜひ案内してほしい」というので、なんと三晩も通い続ける羽目になりました。でも、まるで苦にはなりませんでした。
汝矣島の太陽ビル3階にあるそのお店は、平日は近隣のビジネスマンでごった返していますが、休日になるととても静かです。うれしいことに、何杯飲んでもお代わり無料のソンジクク(牛の血の固まりが入っているスープ)も、実に淡泊で美味しいのです。しかも、カルメギサルはおかずとソンジククがついて一人前12,000ウォン(約913円)という安さ。
連れて行った友人もその価格と美味しさに驚いていました。
「これホントに豚なの?」
「これはうまいなあ!」
「以前は、本当にカモメの肉かと思っていたんですよ。それにしては生臭くないなあって」
みんなにこにこで大満足の一日でした。

私も3日間、カルメギサルを堪能することができました。またぜひあのお店に行きたいと思っています。

次回更新は6月16日を予定しております。

筆者プロフィール

黒田 福美 (くろだ ふくみ) 女優・エッセイスト
 東京都出身。 映画・テレビドラマなどで俳優として活躍する一方、芸能界きっての韓国通として知られる。テレビコメンテーターや日韓関連のイベントにも数多く出演、講演活動なども活発におこなっている。韓国観光名誉広報大使、日韓交流おまつり2009InTokyo実行委員も務め、著書に『ソウルマイハート』『ソウルの達人 最新版』(講談社)などがある。韓国地方の魅力を紹介したDVD『Ryu・黒田福美が行く韓国四季の旅』も好評発売中。09年は『ビバリーヒルズチワワ(吹き替え)』(Disney)、『ゼロの焦点』(東宝)に出演。
黒田福美ブログ http://ameblo.jp/kuroda-fukumi/
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