-黒田福美エッセイ- 美食浪漫

第21回 連載 【美食浪漫】  参鶏湯 夏の代表的な薬膳料理

暑いときにこそ熱い料理で暑気を払う

さあ、いよいよ夏本番です。みなさん、準備はよろしいですか。
準備とは、もちろん本格的な夏の暑さに備えて健康管理を万全にしておくということ。

十数年ほど前のことでしょうか。一時期、やたらに中国の「薬膳料理」がもてはやされたことがありました。当時の女性誌では、こぞって中国の薬膳料理が特集されていました。そのとき私は内心、「韓国料理はすべてが薬膳なのに」と思ったものです。

韓国料理は昔から、「五味五色」という味と色のバリエーションを大切にします。五味とは「塩・甘・酸・苦・辛」、五色とは「赤・黄・緑・白・黒」のこと。さらに「煮る・焼く・蒸す・揚げる・和える」など5つの調理法を重複することなく用いることで、人間の身体にとってバランスのよい献立になると考えられています。加えて、宮合(クンハプ)という食材同士の相性も配慮されています。
これは、陰陽五行という中国古来の哲学に基づいたもの。韓国料理はわざわざ薬膳といわなくても、本来「医食同源」の思想に裏打ちされているのです。

たとえば西洋医学は、病気の原因を探り、薬や手術などで原因となるものを取り除く対症療法が行われます。それに対して東洋医学は、体内の気・血・水の滞りをなくし、免疫力を高めて病気にならない身体を常に整えるという、いわば予防医学といえます。予防医学にとっては、やはり日々の食事が大切です。韓国人がことさら食事に神経をつかう理由は、ここにあるのではないでしょうか。

美食浪漫 写真 日本では、土用の丑(うし)の日に暑気払いとして鰻を食べるように、韓国でも夏場特有の食習慣があります。暑い盛りに迎える3回の庚(かのえ)の日は初伏・中伏・末伏と呼ばれ、これら三伏の時期(7月中旬から8月上旬)には、犬肉を食べて精をつけるのです。
犬肉は五臓と血脈を整え、身体を温め、気力・精力の増進に効果があるとされています。犬料理が「補身湯」(ポシンタン)、「栄養湯」(ヨンヤンタン)などと表現されるのも、犬肉の滋味を表したものなのでしょう。
とはいえ、韓国人でも「犬肉はちょっと…」という人はたくさんいます。そんな人たちが犬肉に代わって食べるのが、良質なタンパク質を含み、身体に陽気を与える「参鶏湯」(サムゲタン)なのです。

韓国には「以熱以治」(イヨルチヨル)という言葉があり、熱をもって熱を征することを意味します。暑いときにこそ熱いものを食べて元気を保つ、という考え方です。これは食べものばかりではなく、生活習慣にも反映されています。たとえば三伏の暑い時期に、古くから親しまれている石釜風呂「汗蒸幕」(ハンジュンマク)などで、女性たちが身体を温め、その熱を逃さないようにたくさんの下着を着込んで家に帰ったという話もあるほどです。

味の決め手は雛鳥と大釜での長時間煮込み

参鶏湯は、雛鳥を1羽丸ごと使った料理です。雛鳥のお腹のなかに餅米やニンニク、ナツメ、高麗人参などをつめて長時間煮込んだ栄養食。私の行きつけのお店では三伏の頃になると、120羽の雛鳥をまとめて煮ることのできる大釜30個がフル回転するというのですから驚きです。

美食浪漫 写真 夏の暑い時期に限らず、参鶏湯は韓国旅行時のお昼のメニューとしてもぜひおすすめします。なぜなら、日本ではなかなか食べられませんし、鶏が苦手な人を除けば万人に「美味しい!」と感激していただけると思うからです。

日本で本場の参鶏湯が食べられないのは、雛鳥の入手が困難なため。参鶏湯は、丸ごと1羽の雛鳥を使うところに薬食としての意味があります。韓国の薬食は丸ごとにこだわり、さまざまな薬食にその傾向がみられます。ところが、日本では成鳥の大きさに育った若鶏は手に入っても、参鶏湯に最適な生後50日ほどの雛鳥は手に入りにくいのだそうです。
私の知っている老舗の韓国家庭料理店でも、なんとかこの参鶏湯を提供したいと四苦八苦して若鶏1羽で調理し、提供していたところがありました。若鶏では大人3?4人で食べることになり、それは本当の意味での参鶏湯とはいいがたいのです。

また、雛鳥が120羽も入るような大釜で一気に強火で煮て、余分な脂やアクをきれいに取り除き、火加減を微妙に調節しながらスープの旨味を出すなどは、やはり韓国の参鶏湯専門店でなければできないでしょう。

参鶏湯は、煮込む過程ではほとんど味つけされません。食べる際に、それぞれが好みで塩や胡椒で加減していただきます。味はとても淡泊でやわらかく、ニンニクや唐辛子などインパクトのある食事が続いたときなど、合間に挟むとホッとします。
滋養があって、日本では稀少。淡泊で美味しい参鶏湯は、四季を通しておすすめの栄養食なのです。

次回更新は8月1日を予定しております。

筆者プロフィール

黒田 福美 (くろだ ふくみ) 女優・エッセイスト
 東京都出身。 映画・テレビドラマなどで俳優として活躍する一方、芸能界きっての韓国通として知られる。テレビコメンテーターや日韓関連のイベントにも数多く出演、講演活動なども活発におこなっている。韓国観光名誉広報大使、日韓交流おまつり2009InTokyo実行委員も務め、著書に『ソウルマイハート』『ソウルの達人 最新版』(講談社)などがある。韓国地方の魅力を紹介したDVD『Ryu・黒田福美が行く韓国四季の旅』も好評発売中。09年は『ビバリーヒルズチワワ(吹き替え)』(Disney)、『ゼロの焦点』(東宝)に出演。
黒田福美ブログ http://ameblo.jp/kuroda-fukumi/
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