-黒田福美エッセイ- 美食浪漫

第5回連載 【美食浪漫】 キムチ第四話 メインディッシュから調味料まで変幻自在!

キムチは食卓の主役から調味役まで、オールラウンドプレイヤーとして活躍する食材です。

キムチをよく日本の「漬け物」になぞらえることがあります。
確かに野菜を漬け込んだものであり、保存食でもあることからすれば漬け物には違いないのです。
日本の漬け物に比べて、その活用範囲は広く、さまざまです。

美食浪漫 写真 キムチは、メインディッシュとして主役を務めることもできれば、食卓にはなくてはならない名脇役でもあります。また、あるときは調味料的な役割を引き受けて黒子のようにも活躍するオールラウンドプレイヤーです。

おかずが何もないとき、手っ取り早く作れるのが皆さんもよくご存じの「キムチチゲ」です。豚肉とキムチを炒めて水を加え、ネギなどあり合わせのものを入れて味を調えれば、あっという間に熱々鍋料理の出来上がりです。
またキムチと豚肉を炒めて豆腐を添えれば、お酒のおつまみにもぴったりな「豆腐キムチ」になります。
小麦粉でお好み焼きの生地を作り、キムチを入れて焼けば「キムチジョン」。ちょっと小腹が空いたときの最適のおやつです。

韓国人は食卓に少なくとも3種類はキムチがないと淋しいと感じるほど、ご飯のお供には欠かせません。

マンドゥという餃子のようなものの「あん」には、豆腐やネギなどと共にキムチを細かく刻んで入れ、味に深みを加えます。
そのほかにも、焼き飯にキムチを刻んで加えれば「キムチチャーハン」に、ラーメンやうどんに入れるといつもと一味違った味を楽しむことができます。
何の材料もなくてピンチに陥ったとき、キムチさえあればなんとかしのげるというわけですね。

心を込めて作ったキムチはただの食品ではなく、「愛情」が姿を変えたものなのです。

ところで、皆さんのなかには、親しい韓国人からキムチをたくさんいただいて困った経験をお持ちの方もあるのではないでしょうか。

私は2001年から2年ほどソウルに部屋を借り、そこで生活をしていました。そのとき、周囲の人たちは口々に私に尋ねてくれるのです。
「キムチは、どうしているの?」
「えっ? 市場で買っていますよ」
「まあ、かわいそうに!」
彼らはそう言って、大きな保存容器にキムチをたくさん持たせてくれたものです。
近所のおばさん、不動産屋さんで事務をしているおばさんからもいただきました。「キムチ、美味しかったですよ」と社交辞令のようにご挨拶したら、さらにキムチをたくさん分けてくれました。釜山の知り合いからは、宅配便で一斗缶にぎっしりのキムチが届いたこともありました。

あるとき、日本からソウルの自宅に帰って冷蔵庫を開けると、米櫃(こめびつ)くらいの保存容器2個に白菜キムチとヨルムキムチが入っているのを見て、驚いたことがありました。留守中、友人が不動産屋さんにわざわざ鍵をあけてもらって冷蔵庫に入れておいてくれたのだと、後でわかりました。

日本人の私にしてみれば、「別にキムチがなくても生きていける」と思っているわけです。ところが彼らからすると、「キムチがなくてどうやって生きていくの?」と心配してくれていたのです。しかもキムチには「愛情」がこもっていてこそ、という考え方があるようです。キムチを市場で買っている私は、まるで愛情のない食事をしているようで、哀れに見えて仕方がなかったのでしょう。

おかげで私は食べきれないほどのキムチ攻めにあって正直困りましたが、皆さんの気持ちはとてもありがたく、嬉しかったものです。そのときに知ったのは、キムチはただの食品ではないということです。丹念に心を込めて作ったキムチを分け与えるということは、まさに愛情や命を分け与えるような意味があったのだと知りました。

皆さんも、もし韓国人のお知り合いからキムチを分けていただいたなら、その方からとても大切に思われているのだと思って間違いありません。
愛情が姿を変えたもの、それがキムチなのだと思います。

次回更新は12月1日を予定しております。

筆者プロフィール

黒田 福美 (くろだ ふくみ) 女優・エッセイスト
 東京都出身。 映画・テレビドラマなどで俳優として活躍する一方、芸能界きっての韓国通として知られる。テレビコメンテーターや日韓関連のイベントにも数多く出演、講演活動なども活発におこなっている。韓国観光名誉広報大使、日韓交流おまつり2009InTokyo実行委員も務め、著書に『ソウルマイハート』『ソウルの達人 最新版』(講談社)などがある。韓国地方の魅力を紹介したDVD『Ryu・黒田福美が行く韓国四季の旅』も好評発売中。09年は『ビバリーヒルズチワワ(吹き替え)』(Disney)、『ゼロの焦点』(東宝)に出演。
黒田福美ブログ http://ameblo.jp/kuroda-fukumi/
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