-黒田福美エッセイ- 美食浪漫

第7回連載 【美食浪漫】 冷麺 第二話 冷麺にもいろいろな名前がありますが

咸興冷麺はイモ、平壌冷麺はソバが麺の原料、スープにはどちらも牛肉スープが使われます。

冷麺は朝鮮半島北部の代表的な料理です。
よく「咸興冷麺(ハムンネンミョン)」とか「平壌冷麺(ピョンヤンネンミョン)」という言い方を耳にすることがあると思いますが、いったいその違いは何でしょうか。

咸鏡道(ハムギョンド)の咸興(ハムン)あたりでは、ジャガイモがよく採れたことからジャガイモのでんぷんを材料に麺を作りました。ジャガイモのでんぷんを煮て糊のような状態にし、それをつなぎにしてでんぷん粉をこねて生地を作ります。そして、生地を細かい穴の空いた筒に入れて押し出すと細く長い麺の完成です。こうして作った咸興式冷麺は、シコシコとした独特の弾力ある食感が特徴です。
冷麺のスープですが、咸興あたりはトンチミ(大根キムチ)を漬ける習慣がなかったので、ユクスという牛肉からとったスープが使われました。それは冷たいコンソメスープのような淡泊な味のスープです。もちろんそのまま味わうのもいいのですが、お好みで食酢や砂糖、カラシなどを少し加え、アクセントをつけていただく方が多いようです。

他方、平安道(ピョンアンド)の平壌(ピョンヤン)あたりはソバがよくできましたので、平壌冷麺といえば、麺はソバ粉が主に使われ、つなぎに小麦粉が使用されました。ですから、歯ごたえもさほどではありません。スープは、牛肉スープのユクスとトンチミの甘酸っぱい漬け汁を割って作ります。

しかし、こうしたお話は「そもそもは……」といった蘊蓄(うんちく)にすぎず、現代ではその境界もなくなり、それぞれが豊かなバリエーションを生み、お店で独自の「美味」を追求しているという具合です。

汁気の少なく薬味ソースを絡めたビビン冷麺も、韓国では大人気です。

美食浪漫 写真 その他、「ビビン冷麺」という名前をご存じの方もあると思います。ビビンという言葉は「(ビビダ)」(混ぜる)という動詞の活用形なので、直訳すると「混ぜた冷麺」という意味になります。これは汁気が少なく、唐辛子の入った甘辛い薬念(ヤンミョン)という薬味ダレを麺に絡めて食べることからこう言われるようになりました。またビビン冷麺は咸興でよく食されたことから、咸興冷麺はビビン冷麺の代名詞のようにも言われています。
ビビン冷麺のなかには、「(フェ)冷麺」(刺身冷麺)といって魚の刺身(主にはエイ)を唐辛子味噌と酢で甘酸っぱく和えたものをあしらったものもあります。

冷麺の名店が集まっていることで知られるソウルの五荘洞(オジャンドン)で、あるお店を取材したときのことです。昼ともなればお店は鈴なりとなって、玄関に並ぶ靴の数だけでも壮観なほどです。実はその店は3階まで客席のスペースがあるのですが、3階は使用されていません。
なぜなら、3階まで運ぶ間に麺が伸びてしまうことを嫌った店主が、美味しい冷麺を召し上がっていただくために、どんなにたくさんのお客さんが来ても3階には通さないことにしたからです。
お客さんのなかでも心得た通人は必ず1階に席をとるのだそうです。

日本でもお蕎麦屋(そばや)さんの名店で、1枚目のざる蕎麦が目の前に到着してから、おもむろに2枚目を注文している通人を目にすることがあります。
どちらの国も麺好きのこだわりは同じなのだと思いました。

次回更新は1月4日を予定しております。

筆者プロフィール

黒田 福美 (くろだ ふくみ) 女優・エッセイスト
 東京都出身。 映画・テレビドラマなどで俳優として活躍する一方、芸能界きっての韓国通として知られる。テレビコメンテーターや日韓関連のイベントにも数多く出演、講演活動なども活発におこなっている。韓国観光名誉広報大使、日韓交流おまつり2009InTokyo実行委員も務め、著書に『ソウルマイハート』『ソウルの達人 最新版』(講談社)などがある。韓国地方の魅力を紹介したDVD『Ryu・黒田福美が行く韓国四季の旅』も好評発売中。09年は『ビバリーヒルズチワワ(吹き替え)』(Disney)、『ゼロの焦点』(東宝)に出演。
黒田福美ブログ http://ameblo.jp/kuroda-fukumi/
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