-黒田福美エッセイ- 美食浪漫

第14回連載 【美食浪漫】 キムパプ 日本生まれのファストフード

冷たいご飯を食べる習慣がなかった韓国の食文化

「キムパプ」()といえば、何度か韓国へ行かれた方なら、どこでも手軽に食べられるファストフードとしておなじみではないでしょうか。
コンビニ、駅やバスターミナルなどの売店はもちろん、全国チェーンのキンパプ屋さんなどもあって、いまや韓国の国民的な軽食メニューです。

一見、日本の太巻きにそっくりですが、日本と違うのはご飯が酢飯ではないということ。はじめは違和感があるのですが、慣れると、香ばしいゴマ油を塗ったのりでくるまれた具材のたっぷり入った韓国式のり巻きはやみつきになります。
しかし、韓国の若者はこのキンパプがそもそも日本食だということを知らないのではないでしょうか。

美食浪漫 写真 本来韓国では、冷やご飯を食べるという習慣がありません。
昔、身分の高い人たちは野遊会などで屋外で食事をするときは、家来が家からお膳ごと温かい食事を運んだものです。そうした場合に使う特別なお膳があります。桶を伏せたような形をしていて、側面に一カ所「のぞき窓」がくりぬかれています。お膳に食事の支度を整えて、それを頭にかぶるように載せ、のぞき窓から前を見て、ご主人のもとへ食事を運んだのだそうです。
また、野良仕事をしている農夫たちも、昼どきになると奥さんたちがたらいにご飯と温かい汁物を入れて畑へ運び、周辺に生えている葉物をちぎってサム(巻物)にして食べたといいます。
家庭では、冬など炊いたご飯がさめないようにおひつごと布団の間に挟んだりしていました。おひつにかぶせる専用の布団もあるほど、保温に気を配りました。

韓国では、冷やご飯を男の子に食べさせたら出世しないといわれるほど、冷たいご飯を嫌いました。ですから、のり巻きやおにぎり、お弁当などの食文化はなかったのです。それが、なぜかのり巻きは日本よりも深く一般に定着しました。

お弁当のキンパプやプルコギ入りおにぎりが大人気

韓国ののり巻きは具材が10種類ほど入っています。牛肉、卵、きゅうり、たくあん、ほうれん草、エゴマの葉、チーズ、キムチ、人参などなど。
口のなかでさまざまな食材が混じり合い、噛みしめるほどに複雑になってゆく味のハーモニーを楽しむ食感が、韓国人の嗜好にマッチしたのだと思います。
いまや遠足などのお弁当といえば、誰もがタッパーウェアに詰めたお母さんお手製のキンパプなのです。そもそもお弁当という概念がないからこそ、家庭で用意する携帯用の食事にはのり巻きしか考えられないのでしょう。
あるときテレビショッピングで、どんな太さののり巻きも自由自在につくれる「キムパプ巻き器」を宣伝しているのを見て、驚きました。

のり巻きに比べると、おにぎりが登場したのは最近のこと。コンビニが普及してからだと思います。これも日本の品揃えに影響されたものではないでしょうか。

おにぎりは韓国語では「チュモクパプ」()といい、直訳すると「げんこつ飯」となります。昔は日本の子供たちが爆弾のような真っ黒い固まりにかぶりつくのを見て、韓国の子供たちはビックリしたという話を何かで読んだことがあります。爆弾のような真っ黒い固まりとは、もちろん、のりを一面に巻いたおにぎりのこと。
一説には、韓国で板のりが一般化したのも日本の影響だったともいわれています。

しかし韓国のおにぎりの具は、日本のように梅干しやたらこではありません。プルコギが入っていたり、ご飯がビビンバ風になっていたり、どれも韓国風です。

日本のおにぎりもツナマヨやエビマヨといった現代的な具材が登場し、保守派の私は少し抵抗を感じてしまいます。韓国のおにぎりも、同じ理由でどうも妙な感じがしてしまうのですが、若い方たちにはおもしろいかもしれません。
食文化の違いはこんな風にコンビニの片隅にも感じることができるのです。

次回更新は4月16日を予定しております。

筆者プロフィール

黒田 福美 (くろだ ふくみ) 女優・エッセイスト
 東京都出身。 映画・テレビドラマなどで俳優として活躍する一方、芸能界きっての韓国通として知られる。テレビコメンテーターや日韓関連のイベントにも数多く出演、講演活動なども活発におこなっている。韓国観光名誉広報大使、日韓交流おまつり2009InTokyo実行委員も務め、著書に『ソウルマイハート』『ソウルの達人 最新版』(講談社)などがある。韓国地方の魅力を紹介したDVD『Ryu・黒田福美が行く韓国四季の旅』も好評発売中。09年は『ビバリーヒルズチワワ(吹き替え)』(Disney)、『ゼロの焦点』(東宝)に出演。
黒田福美ブログ http://ameblo.jp/kuroda-fukumi/
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