-黒田福美エッセイ- 美食浪漫

第6回連載 【美食浪漫】 冷麺 第一話 トンチミとのコラボで生まれる極上のスープ

冷麺の美味しい季節は夏ではなく、熟成したトンチミができる冬こそ本番です。

美食浪漫 写真 キムチに続いてご紹介する代表的な韓国料理といえば、焼き肉を食べた後のシメにさっぱりとした清涼感をもたらしてくれる「冷麺」ではないでしょうか。

なにげなく今、清涼感と書きましたが、実はこれこそが冷麺のキーワードかもしれませんね。

私が韓国を知りたいと切望した1980年代、関川夏夫さんの『ソウルの練習問題』(新装版/集英社文庫)という本が、私にとってバイブルのような存在でした。今は作家として活躍していらっしゃいますが、当時はまだ青年の関川さん。戒厳令がしかれていた80年代初頭のソウルで、かなり危ない目にも遭遇しながら身を投じてゆく青年の姿は新鮮かつ衝撃的でした。その頃のソウルの人たちの生活や街の様子、考え方などを初めて生き生きと伝えた本として絶賛されたものです。

そのなかに、食堂の貼り紙をそのまま読んで「『冷麺開始』を一つください」と注文し、店の人にいぶかしがられるシーンがあり、とても印象に残っています。
日本でも夏になると「ひやむぎ始めました」や「冷やし中華始めました」といった案内がお店に貼られるように、韓国でも夏の到来とともに冷麺を開始したことを告げる「冷麺開始()」の貼り紙が当時の食堂に掲げられていたことを示すくだりです。

しかし本来、冷麺は夏の食べものではなく、冬にこそ食す食べものなのです。

コクと爽やかな酸味のある冷麺のスープは、牛のスープと「トンチミ」と呼ばれる大根キムチの漬け汁を混ぜ合わせて作ります。
トンチミとは大根に塩水をたっぷりと注ぎ、ニンニクや生姜、青唐辛子とともに発酵させた漬け汁を楽しむキムチです。
大根はもちろん冬の野菜です。寒い季節に長時間かけて漬け込んだトンチミの漬け汁は大根の甘みが引き出され、なにより発酵によって生じた炭酸が、酸味とスッキリとした爽やかな味わいをもたらしてくれます。

余談ですが、韓国でもトンチミを「水キムチ()」などと呼んだりしますが、漬け汁を楽しむキムチであることから、日本人が水キムチと言い慣わし、それが韓国語に訳されて定着したのだそうです。

冷麺には欠かせない美味しいトンチミの漬け汁がある冬こそが、冷麺の季節というわけです。昔はポカポカと暖かいオンドル部屋で冷たい冷麺を食すことが幸せな冬の風物詩でもありました。
冷麺は冬の食べものという所以はここにあるのですね。

大根と青唐辛子、ニンニク、生姜を塩水に漬ける、シンプルなトンチミは手作りにチャレンジしましょう。

以前あるお宅を訪問したとき、お料理上手の奥様が自宅で簡単に漬けているトンチミを披露してくれました。シンプルなキムチなのに炭酸のスッキリとした味わいもあり、実に美味しく漬かっていることに心を奪われました。

2リットルほどの保存容器に、韓国産の小ぶりの大根を縦二つ割りにしたもの、青唐辛子2本ほど、漬け汁が濁らぬようガーゼの袋にニンニクと生姜を入れたものだけが浮かんでいました。それなのにえもいわれぬ旨味と炭酸のもたらす爽やかな味わいが醸し出されていました。とうてい難しいと思っていたトンチミがこんなに簡単に作れるのかと、後日日本に帰ってからいろいろ考え、日本の辛み大根を使って試してみようと思い立ち、見よう見まねで作ってみました。これがなかなかの味わいでした。

一番難しかったのが塩水の塩加減でした。はじめは少々塩辛いように思えても、時間が経つうちに大根の甘みと相まって塩気は和らいでいきます。
漬け込む時期の気温によるのでしょうが、ものの本によれば、「7カップの水に大さじ2杯の塩」と紹介されています。これを基準に皆さんも一度試してみてはいかがでしょう。この原稿を書きながら、私もまたまたチャレンジしてみたくなりました。

これから大根が美味しくなる季節です。ぜひ皆さんも手作りのトンチミを味わってみてください。考えてみると白菜キムチよりもずっと簡単で手軽に作れますし、漬け汁は麺を絡めても、ご飯を絡めても美味しくいただけます。

次回更新は12月16日を予定しております。

筆者プロフィール

黒田 福美 (くろだ ふくみ) 女優・エッセイスト
 東京都出身。 映画・テレビドラマなどで俳優として活躍する一方、芸能界きっての韓国通として知られる。テレビコメンテーターや日韓関連のイベントにも数多く出演、講演活動なども活発におこなっている。韓国観光名誉広報大使、日韓交流おまつり2009InTokyo実行委員も務め、著書に『ソウルマイハート』『ソウルの達人 最新版』(講談社)などがある。韓国地方の魅力を紹介したDVD『Ryu・黒田福美が行く韓国四季の旅』も好評発売中。09年は『ビバリーヒルズチワワ(吹き替え)』(Disney)、『ゼロの焦点』(東宝)に出演。
黒田福美ブログ http://ameblo.jp/kuroda-fukumi/
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